ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

首が伸びた

 

お義母さんがスマホで契約した覚えのない機能が付いていて、毎月自動的にお金が引き落とされていたという話をしていたら、突然「ちゃんと話を聞いていたのか」とお義父さんが話の中に入ってきた。その時、一瞬首が伸びた…ように見えた。お義父さんも全然使わない機能を付けていて月に相当な金額を支払っていたというのに。

 

お義父さんはもともと無口な人。今は隠居してますます無口となった。動脈瘤が見つかって、好きだった煙草とお酒をやめてから、生きるしかばねのような表情で座り続けている時がある。

 

そんなお義父さんの心に火がつくタイミングがわからない。

 

かなり傷んでいた血管でのカテーテル治療に不安だったが、手術は無事に終わり、退院した。合併症もなく経過は順調。

 

 

まだまだ面白いお義父さんを見ていたい。

 

 

 

 

 

癖が強い人

 

「初めてで不慣れなところもありますが頑張ります。よろしくお願いします」と言うと「あのなー、ここは不慣れなやつなんか必要ないから!」と、手を振って出て行けの身振り。私の最初の挨拶は歓迎されることはなかった。この冷たい態度の人は、根はいい人らしいが真面目過ぎて癖が強く、この部署では鬼軍曹として名高い。自分に厳しいからか、誤魔化すようなタイプの人を容赦なく追い詰める。何事も納得しないことには先に進まないが、納得したら新しいやり方をひねり出す力をもっている。裸の王様ではない。

 

 

この人を見ていると「水清ければ魚棲まず」を思い出す。しかし誰よりも仕事に情熱をもっていることや嫌われ役をわざと引き受けていることが分かっている人からは、強く支持されていてファンが多い。隅に置けない人である。こんな侍みたいな人がまだいるんだなとびっくりしつつも、なぜか私とは相性がよかったのか、数年後には周囲が認める仲の良い二人となっていた。二年前、大都会に異動していくと、直接かかわることがなくなったが、最後に「辞めたらだめだぞ」と私に言って去っていく。

 

 

今は時どき顔を見せに来てくれる。相変わらず眼光は鋭い。何かを睨みつけて生きているようでありながら、驚くほど繊細で柔軟な部分をもっている。昔、テニスのコーチをしていて、教え方が上手いから指名される程人気があったと聞いたことがある。運動神経が良くて奇跡のバランス感覚で生きている人なのか。とにかく癖が強すぎて目が離せない。

 

 

 

 

主人公にはなりたくない?

 

「あなたは物語のどんな役になりたいですか」という質問に対して、「目立たなければなんでもいいです」と言いたい。お姫様みたいなきらびやかな衣装で注目されたいとか、困っている人を助けるかっこいいヒーローになりたいと思っていた時期は子どもの頃だけで、徐々に主人公への憧れは薄れていった。今では主人公の友人の知り合いくらいが理想だ。波乱万丈は望まない。最後にハッピーエンドが待っているとしてもだ。

 

テレビの物語は飽きさせないように面白く作られる。しかし現実は、同じことの繰り返しのようにも思える微々たる感覚の蓄積に判断が委ねられている。例えば生ゲーム配信をするYouTubeだ。同じステージを何時間もかけてようやくクリアできるその様が、作られていないリアルな物語である。ファンは寝る間も惜しんで時間を溶かして何を観ているのだろう。配信者の根気、達成の瞬間を見逃すまいとしているのか。私がファンなら配信者の健康を害することばかり気にして観ていられない。私に足りないものがあるとすれば、寄り添う気持ちなのかもしれない。

 

たまたまある生ライブ配信をラジオ感覚で聴いていた。すると配信者が「○○さん、やめて!」と急に言い出したので、なんだろうと画面を見ると他の配信者を批判するようなコメントをしているリスナーがいた。急に名前を出されたリスナーはびっくりしただろうとチャット欄を見ていると「すみません、さっきのコメント消しました」と素直に謝り、また配信を楽しむコメントに戻っている。それから私はこのリスナーさんが気になってしまい、毎回このリスナーさんがいるかどうかをチェックしてしまう。どういう世界?どういうこと?

 

 

誰もがチャンネルをもち、主人公になれる時代、それを見ているリスナーもすごいなと思う。

 

 

 

 

 

贈る言葉

 

寄せカゴは黄色いバラやオレンジのガーベラを中心にした。退職する大学生には手紙を書いて渡した。手紙には書きたくないこと、一度しか口にしない言葉は最後に贈った。嫌われること覚悟で。「産道をつくれ」と。

 

20代で産道をつくっておくと期間が空いてももう一人産みやすい。付き合っている人がいないなら定期的に開催されるサイクリングや原書講読の読書会への参加、ボランティア活動等、私の友人が相方と出会うきっかけになったイベントを紹介した。ボランティアは書棚の図書の整理、イベントの運営、介護とさまざまある。ピアノが弾ける友人は老人ホームで演奏をするボランティアをしていた。

 

もちろん誰かと出会い一緒に暮らすことが一番幸せとは思っていないことも伝えたが、ほんの少しでも興味があれば考えてみるのもいいかと思い、親が言わなさそうなことを言った。彼女は微笑みながら聞いてくれた。

 

最後に、この道しかないと思うとなんでもしんどく感じるものだから、苦しくなったら別の道も考えるようにと言っていると、なんだか相手も私も照れてきた。

 

生花はいい、少しでも長く美しさを楽しむために気遣い世話をする。驚くことに1月の誕生日に友人から贈られた切り花はまだきれいで元気だ。三日に一度は茎を切り、キープ•フラワーを入れた水を使う。寒いからかチューリップやカーネーションの命が長い。花を見るたびに贈ってくれた友人を思い出す。花束をプレゼントする人は気取っているとかではなく、思い出を大切にしたい人なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

思いの波

 

言葉の波紋が広がる

思いは波のようだ

 

 

母がどんな思いで生きていたのか

私はまだ何もわかっていない

母と同じような人生を歩んでいたら

少しはわかったのだろうか

 

 

「お前らを連れて何度死のうとしたか」

と言っていた母の言葉を思い出す

 

 

わかっているのは

母は負けず嫌いで

我慢強い人だったということ

母にちゃんと伝えていただろうか

感謝していることを

 

 

もうすぐ、また母の命日がくる

 

 

 

これまでなかった光景

 

一年ぶりくらいに大きな百均ショップに行く。やけに静かだった。音楽も流れていない。店内放送は度々あって、内容は「店員に話しかけないでください」「店内での会話をひかえてください」「滞在時間を短くしてください」というものだった。店員は黙々と品出しをしている。早く立ち去ろうという気持ちになった。

 

 

帰りは百均の近くのスーパーで買い物をする。タイムセールで人が集まっているところでは、近づき過ぎだと客同士が揉めているのを見た。レジで並んでいると、私の前にいた客が店員に注意し出す。一部始終を見ていてわかったのだが、店員がバーコードを読み取るために暗くなったスマホの画面を触ったことが原因である。それで「ちょっと!」「信じられない!」と客が言い出したのだ。アルコールを含ませたティッシュで画面を拭きながら、ずっと心構えがなっていないと注意は続く。

 

 

この一年で殺伐とした光景を目の当たりにすることが多くなった。

 

 

お題「#この1年の変化

 

 

 

放心

 

 

目を見開いている

 

カレンダー

額縁

ぬいぐるみ

ハンガー

 

見えているけど

見ていない

 

まるで空を見ているようだ

 

たまにはそれもいい

 

目を見開いて

何も見ていない