ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

油断禁物

 

高齢の両親と暮らしている同僚から、ゴールデンウィークに泊まりに来た妹が帰宅後高熱を出して、検査した結果コロナだったと、明日保健所に連絡するという報告が深夜にくる。同僚はとりあえず二週間の自宅待機。私は翌日早めに出勤すると同僚の会社での行動経路にそって入念に消毒をした。

 

保健所に電話をして折り返し電話があったのは二日後で、検査キッドを送るので五日後に保健所に直接持参するようにと指示があり、検査結果はその翌日となる。

 

妹の車で一緒に来た子ども達に症状が出て、感染していることが先にわかった。

 

同僚の妹はコロナの一回目の予防注射を受けていて、その副作用で微熱があると思い、実家行きを決行したらしい。

 

保健所では体に免疫ができるのは、二回目の予防注射が終わって、二週間経ってからで、それまでは感染する可能性はあると言っていた。

 

昨日、PCR検査の結果が出て、家族全員陰性であると自宅待機中の同僚から報告を受けてほっと一安心した。

 

今回のことで当たり前だけど、手洗いや消毒をしっかりやっていかないと、体調管理も気を抜かないようにしようと思った。

 

 

 

 

 

命を失うこと

 

時間が限られているので、新作アニメはとりあえず一通り1話だけを見ると、続けて見たいものだけを見ている。その中で、何年経っても頭から離れないストーリー、セリフ、ワンシーンがある。

 

数年前、ファンタジーもので途中から物語が面白くなって、見続けていてよかったと思ったアニメがあった。そのアニメのタイトルが思い出せなくて悶々としていたが、タイトル一覧で探していたら見つかって、すっきりした。

 

探していたのは、2018年の春アニメ『LOST SONG』。物語のテーマから外れていて、ネタバレにはならないと思うので気になっていたところだけ紹介する。このアニメには歌の魔法をもつヒロインがいる。彼女が命を失うことになるから歌ってはならないと言われていた「終滅の歌」を歌ってしまい、そこから物語の展開は大きく変わる。歌い終わった後、何をしても死なない自分の体に気づいた彼女は、命を失うとは不死になるということだったと知る。

 

 

 

新しい細胞が生成されるように、先にいたものはあとからくる命に命を繋いでいく。『LOST SONG』は考えさせられるアニメだった。

 

 

 

 

 

転がった黄身

 

ビル勤務者向けの共同社員食堂が緊急事態宣言中は全品半額になっている。普段でも格安なのにすごい。そのかわりに黙食をというわけだ。私は基本、昼食は持参の弁当だが、味噌汁、ミニうどん、(今はやっていない)サラダやフルーツバイキングは利用していた。

 

グギャキョゲバアァァ━━•••。聞きなれない大きな音に驚いたが、防衛本能なのかすぐには見ないで、3秒後にちらっと見た。するとラーメンを落としてしまい、呆然としている若い女性がいた。おにぎりでも取ろうとして、先にトレイに乗せていたラーメン鉢に手が当たったのだろうか。

 

器はプラスチックなので割れることはなかった。中にいる店員が「そのままにしておいてください。すぐに片づけます!」と素早い対応をする。幸い熱いつゆで火傷をすることもなく、服も汚れていない様子。彼女は空っぽの器をトレイに乗せて、ふらふらと会計カウンターに並ぶ。

 

私は脳みそみたいにこんもりとしている床に落ちた麺を見て、ひと玉ってけっこう量があるなと思った。つゆと一緒に遠くに飛ばされたチャーシューは無理でも、麺の上にあるチャーシューは自宅だったら食べてる人がいるかもしれない。目玉のように転がった半熟の黄身を見て絶望という言葉がよぎる。

 

これまで生きてきて、ぶちまけた記憶がない。自慢ではないが飲食店で長く働いていた時も皿一枚割ったことがない。もし私がぶちまけて絶望を味わったとしたら、と考えるとそれだけでへこむ。

 

 

 

 

自然を考える

 

揺らめく炎

白波

水面の光と影

流れる雲

 

 

この現象が自然であり

この世界を現わす真実であり真理

 

 

それは流動的で無限に産出される

この現象に触れることができたなら

私たちは考えずにはいられない

世界について

 

 

煙が空に溶けていくような

あたり前のように身近にある現象

それを自然という

 

 

その自然に形をつけていくことは

なんて楽しいことだろう

 

 

 

 

今週のお題「おうち時間2021」

 

 

 

やりたいこと

 

やりたいことを充実させるには

やらないといけないことをすること

 

やらないといけないことができていないことに焦ってきたら

やらないといけないことを考え過ぎて

やらないといけないことが

やりたくないことに変わってしまう

 

やらないといけないことが

やりたくないことに変わってしまったら

やりたくないことは無理にしてはいけない

やりたくないことをしても

いいことは何もない

 

やりたかったことができたあとにでもしようとしていたこと

今すぐにしなくてもいいことを

部分的に少しだけする

 

すると

 

これができるのだから

やりたかったこともできるような気がしてくる

やりたくないことをしないで

やりたいことを充実させるのはむずかしい

 

 

 

顔見知り?

 

どれくらい昔から知っているのか、数年前から意識するようになったと言っていいのか。帰宅ラッシュの駅、残業がない日は高確率で遭遇するおばあさんがいる。相変わらず毎回威勢がいい。品のある服装で一見すると裕福でおしゃれな人に見える。不思議なことに、この人はいつも何かに怒っているようで、急に大声を出すため、たびたびどきっとさせられる。

 

 

たまたま、先に見つけておばあさんの後を歩いていると、怒鳴りつけている相手が私と同じ小柄な女性が多いことに気づく。気のせいかもしれないが…。私の顔は覚えられているようで、最近では椅子に座って列車を待っている私の前にわざわざ立ち止まって、大声で怒鳴りつけてくることもあった。顔をじろじろ見てはいけないような気がしてうつむいているので、おばあさんの足元だけが視界に入る。何も言ってこない安全な人を選んでいるのだろうか。

 

 

「これ以上感染者が増えたら許さんからな!」と怒鳴ってきたある日、ふと、おばあさんの顔がどんな顔なのか近くで見てみたくなって、初めて顔を上げて立ち上がり、おばあさんに向かって歩いてみた。

 

 

おばあさんは初めての私の反応に後ずさり、近くの自販機まで行くと、私の顔をちらちらと見ながらカバンの中をごそごそし始めた。その間、私は近くでおばあさんを見つめていた。おばあさんの目は、この時代にはいない目の色、例えるなら干したししゃもみたいな目だった。しばらくすると「300人出てるんだからな!これを見てみろ!」とカバンから新聞紙を取り出して広げて見せてくる。怒鳴ってくるのをやめてほしいという話ができそうにないなと思った。

 

 

おばあさんは下りで私は上りの列車。とりあえず、やってきた上りの列車に乗るとその場を去ることにした。

 

 

 

 

この話は続くのか。

 

ingakouryuu.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

新しい洗濯機

 

初めての一人暮らしでは一番安い黒い洗濯機にした。次に引っ越しした先は、苦学生向けの格安物件で、自由に使える洗濯機が中庭に三台も設置されていた。黒い洗濯機は、兄が彼女(のちにお嫁さんになる人)と一緒に暮らすというので、ちょうどいいタイミングだったので使ってもらう。

 

今回買い換えた洗濯機は、苦学生向けの部屋を引っ越す際に買ったもので、イオンコート機能が付いた少し高めの白い洗濯機。15、6年は使用していた。一人暮らしから使い続けている家電や家具はいずれはなくなっていく。いくら大切に使用していても寿命はくる。それでもずっと使用していくつもりで、新しい洗濯機はもっと大切に使っていきたい。いろんな機能が付いていると故障しやすいと思い、新しい洗濯機は単純なものにした。イオンコート機能なんて結局使いこなせなかったので。と言ってもさすがに二層式洗濯機は選んでいない。

 

実家では外ベランダに二層式洗濯機だった。色あせていたが故障して買い換えたことはない。洗浄と脱水のパワーが強すぎて洗濯物の傷みが早く、選択終了のお知らせ不要の脱水音だった。しかしこの時代でもまだ二層式洗濯機が無くなっていないなんて、やはり頑丈で故障しにくいこともあってか業務用では重宝されているのだろう。

 

新しい洗濯機は洗濯物が見える透明の蓋で縦型。洗濯物の動きがわかるので異常にも気づきやすい。インバーターで静音。前回よりも容量が大きいのに、水量も少なくて電気代も安い。

 

蓋を開けて洗濯物が回っていないのに気づいて、羽のネジの緩みをチェックする。相方の帰宅を待ち、閉店間際の電気屋に行き、翌日の10時には新しい洗濯機の設置が完了。あっという間だ。早い。

 

 

 

高齢で一人になったら、体を動かすためにも洗濯板を使うようにしたほうがいいかもしれない。