ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

子どものために

母が働いていたのは私が幼稚園の頃までで、生活保護を受けるようになってからはずっと家にいた。子どもの時は気づかなかった。生活保護がどれだけ人の誇りを傷つけていたのか。

 

中学を卒業して働いて得た収入は全て没収される。そして生活に足りない分だけ受給されることになる。給料明細を福祉センターに持って行くと係の人が私の服装チェックをする。眼鏡をかけているとそれをどこで手に入れたのか聞かれた。私は「社長が買ってくれました」と言うと、疑いの目で何度も「本当か?」と聞いてくる。母はこんなことにずっと耐えていたのだ。子どものためにか。

 

しかし私は生活保護で大きくなったことを隠そうとしたことはない。隠すものだと思わなかったからだ。そして今も。

 

兄が弔辞で「独りが好きでずっと独りでいた人でしたが、最後はきれいな衣装を着せてもらい、足袋、脚絆、手甲、六文銭頭陀袋、数珠、草履、杖、楽しく旅立っていくようで、スタッフの皆様、集まっていただきました皆様に感謝しています」と泣きながら言っていた。

 

母は生活保護を受ける前までは近所の人に普通に挨拶もして隣の家にも私を連れてよく遊びに行っていた。近所の同級生の家族と一緒に七五三のお宮参りもした。生活保護は確かに最低限の生活を保障してくれるが、それと引き換えに母を孤独に追いやっていたのだ。