ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

最初の覚悟

私が定食屋で働いている時、兄は高校を中退して家にいた。私は兄が家にいるのが嬉しくて、時間がある時は一緒にゲームをして遊んだ。母が兄の将来を心配して叔父に相談すると、精肉店を営む叔父が兄に一緒に仕事をしようと持ち掛けてくれた。兄は精肉店で働くことを決める。私は兄と精肉店が結びつかなくて、なぜ働くことを決めたのかその時はわからなかった。兄に聞いても教えてくれない。

 

叔父は精肉店の近くに部屋まで借りてくれた。兄が家を出る朝、もう二度と家族三人で暮らすことはないと思うと寂し過ぎて、兄がボストンバッグ一つで家を後にする姿を団地の二階のベランダからずっと見ていた。四畳半の部屋にある二段ベッドの下段に寝ていた兄がいないのが寂しくて、母が叔父さんに相談したことを恨んだ。

 

定食屋のチーフに兄のことを話すと、いつもの余り物で作った賄いではなく、生卵を乗せたすき焼き丼を作ってくれた。話を聞いた他のスタッフの中には涙を流してくれる人もいて、いつまでも悲しんでばかりいてはいけないと思った。

 

ひと月程して兄が一人暮らしをするアパートに母と一緒に様子を見に行くことにした。兄が原付で駅まで迎えに来てくれる。部屋はきれいだった。好きなファミコンもテレビに付けてあったが、この部屋で一人で遊んでいるのかと思うと胸が苦しくなった。元気でやっていることが分かり母は安心したが、私は兄の様子がおかしいと感じていた。

 

ほどなくして兄はアパートを引き払い団地に帰って来た。原因は叔父さんとうまくいかなかったとか、私はそんなことはどうでもよくて、また家族三人で暮らせること、また一緒にゲームできることが嬉しかった。しかし、兄がいなくなったほんの少しの間、私も兄同様にいずれ来るであろう自分の道への覚悟が芽生えたのである。