ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

ミコ

いつからいたのかスピッツのような白い犬がいた。名前はミコで玄関に誰かが近づくだけでよく吠える。府営団地で動物を飼うことは許されていなかったが、母は番犬代わりだといい飼っていた。私が生まれて間もない頃に離婚した相手が時々手紙を送ってくることに酷く怯えていたからだ。ミコの餌は味噌汁をかけたご飯である。ミコはよく吠えてよく食べる。チェーンリードのガチャガチャした音を聞くと散歩に行けると思い興奮してキュンキュン鳴いた。散歩にはよくついて行った。リードを持ちたくて母に代わってもらうことがあったが、決まって引きずられて痛い目にあった。

 

祖母が一度だけ家に泊まったことがある。祖母は犬が苦手でミコは祖母がいる間、団地のベランダに閉め出された。

 

ミコは母が呼べばすぐに来た。母が座っているこたつの周りをぐるぐる回り、兄と追いかけっこをしている時、私が追いつかれないように咄嗟に「お母さん、お兄ちゃん呼んで!」と言うと、兄は「俺はミコか!」と言い、母は笑いながら兄の名を呼んだ。

 

母はミコを飼うのを突然やめた。血統書付きの犬を飼い、交配させてお金を得ようと考えたのである。母がミコを家から遠く離れた所に置き去りにする日、私はミコがかわいそうで泣いた。次の日、ミコは帰って来た。団地の入り口近くにある木の傍に座って私たち家族が迎えに来てくれるのを待っていた。

 

ミコが保健所に連れて行かれるまで一週間とかからなかった。私は給食のパンを残してミコに与えていることが母に見つかり、ひどく怒られた。真っ白なきれいな毛並みだったミコが日に日に黒ずんでいくのが辛く、幼い自分の力の無さと残酷な現実で、兄と私はその後ミコの話ができなかった。兄に至っては辛いことはほぼ忘れていたようで、母の通夜で何気にミコの話をしたら、びっくりして思い出していた。

 

私はミコを一度も忘れたことはない。犬を飼う知識も何もなかった我が家に数年でも楽しい思い出を作ってくれたことに感謝している。ミコ、ありがとう。何もしてやれなくてごめんね。