ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

ピンチ過ぎると記録したくなる

 

長屋に引っ越しした当日、近所にご挨拶をすると、隣に住むご主人が大きなボトルに入った木酢液をくれた。ご主人はイケメンの外人で奥さんは可愛らしい日本人だった。子どもがいるため殺虫剤を使わないようにしているという。ここら辺は昔湿地帯だったとかで、湿気が多くてムカデがよく出るそうだ。旦那さんとの会話で何かただならぬ異様なものを感じたが、新生活の勢いがあるその時は何かあってもなんとかしてみせるという意気込みがあったため深く考えることはなかった。しかしムカデは本当によく出た。小学校の時の草むしりでムカデを見たのが最後くらいでまさかこんなに毎日見ることになるとは思いもよらなかった。

 

 

気づけば台所の換気扇横をもぞもぞと動いている。リビングの床を堂々と横断、足を伸ばしていたらいつの間にか這い上がってくる。たまたま毛深い彼の足だったため噛まれる前に払い除けることができたが、いずれ噛まれることは想像できた。お風呂場や脱衣所にも出没する。夜に何か小さな物音がするとゴキブリではなくダニ除けスプレーをかけた絨毯の上で苦しんでいるムカデだ。通販のカタログを包んでいるビニール袋にムカデが当たっている不気味な音。ムカデは大きな音を出さない、気づけば近くにいる。

 

 

ムカデ対策は思いつく限りしたが、防ぐことはできなかった。せめてベッドの上だけは安心できるようにしたいと思い、上から落ちてこないように天井に両面テープを貼り、這い上がってこないようにベッドの足にも両面テープを貼る。布団がずり落ちないようにベッドガードを付けるが、それでも布団がずり落ちないか気になって安眠できなかった。カバー類は可愛い花柄からムカデに気づけるように白一色にする。床下の通気口近くには粘着シートを仕掛ける。粘着シートには結構な頻度でムカデがかかっている。ムカデが出ると大きさを大中小で分けて、その下に正の字でカレンダーに数を書き込んで記録するのが日課でいい気休めだった。さすがに真冬は出なかったがムカデの話をしない日はほぼない。

 

 

そのうち隣のご夫婦が引っ越していく。やはり小さい子どもがムカデに噛まれるのがきついとのこと。一緒にムカデと闘う同志がいなくなることは寂しかったが、子どもを守るためならしかたがないと思った。長屋には何十年も住んでいる老人もいた。回覧板を回す時にムカデ対策をどうしているのか聞くと、成虫よりも幼虫に噛まれるほうが痛いとか、どっちにしても蚊に噛まれるようなもんだと言い、ムカデが出たら頭を潰して捨てるだけだと、さすが長年住んでいる人は感覚が違う。

 

 

さて隣のご夫婦が引っ越しした後は木酢液を建物に散布するだけではなく、家の周りにムカデ忌避剤を撒いた。長屋なので忌避剤の範囲が広すぎる上に、端の部屋のすぐ横が手入れされないままの荒れ地で、勝手に成長した木の葉が忌避剤を撒いた後に落ちて降り積もり、効果を薄めている。また長屋のすぐ後ろに高い塀があり、日当たりと風通しを悪くしていた。しかしとうとう決定的なムカデの侵入場所を見つける。それは部屋と部屋の間の繋ぎ目、特に押し入れと部屋の繋ぎ目に1、2ミリの隙間があり、厚手の紙を差し込むと家の床下土の所まで届いた。ここだったのかと絨毯をめくりあげるとダニ除けスプレーで死んだムカデの子どもが点々と絨毯の裏にひっついて死んでいた。部屋の真ん中の隙間から出てきていたのでは家の周囲に忌避剤を撒いても効果はない。ガムテープを貼って隙間をなくすと若干ムカデが出る頻度は減ったが、隙間だらけの長屋では完全に防ぐことはできない。 結婚する前に一年半程同棲していた長屋ではあったが、安眠できるのが冬しかないのが辛くて引っ越すことを決めた。

 

 

ほぼムカデとの闘いに明け暮れて、今となっては忘れられない貴重な面白い出来事になっている。二人ともムカデに噛まれることがなかったのは奇跡だった。次の部屋探しはハガキを片手に隙間チェックはもちろんのこと、建物の湿気が溜まらないような環境かどうかもしっかり確認した。

 

 

 

今週のお題「人生最大の危機」