ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

曼殊沙華④

火葬の後、彼女が新しく借りていた部屋の片づけを手伝いに行くことにした。そこはしっかりした造りの長屋で、広いリビングダイニングには縁側もついている。他には大きなベッドのある寝室があった。部屋の中で起きた事故ではあったが、台所の壁や床が少し焼けただけで、大きな火災になることはなかった。慌てて出てきたであろう父親のシャツの汚れ具合を見て、ポチさんに明日はバイトが休みだから一日中片づけを手伝えることを伝える。

 

 

翌日、近所のスーパーから段ボールをもらうと部屋の片づけをしていく。研究資料になりそうなものは大学に寄付するということで、本類はポチさんに任せてそれ以外のものを箱に詰め込んだ。片づけている最中、何人かの故人の知り合いだという人が来ては、使える調味料や日用品、風呂場にある脱色剤まで持ち去っていく。両親は娘を亡くしたショックのせいか、なんでも持って行ってかまわないと言っていた。押し入れから高校時代の卒業アルバムが見つかり、懐かしそうに母親が「あの子は変わり者で集合写真では隠れて写らないようにしていたから写ってないのよね」と言って見せてくる。きれいな台紙の付いた写真は成人式の時だろうか、チャイナドレスが似合っていた。子どもの頃の写真も見せてもらった。小学校低学年位だろうか、寝ている弟の枕元に色白で可愛らしい女の子が座っている。私の兄夫婦がもし子どもを亡くしたら、どんなに悲しむのかを考えたら、なぜこんなことが起こってしまったのか今でももやもやしている。

 

 

外が暗くなってきたのでみんなで夕食に出かける。外からゆっくり建物を観察すると、玄関ドアから長いコンクリートの廊下が続き、突き当りがトイレで右に曲がると靴脱ぎ場である。トイレのドアが開いたままだったので、玄関ドアから一直線に和式便器に目がいく。何気に「ストレートに便器だ」というと近くにいた父親が吹き出した。小柄でいかにも優しい感じの父親は無口だった。亡くなった彼女からイメージしていた「子どもを追い詰める親」とは違う、ごく普通のどこにでもいる優しい人たちだった。私は娘さんの話をできるだけすることにした。両親が嬉しそうに聞いてくれるからだ。