ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

温かい傷痕

フェルトでアップリケを作ったり、刺繍糸でフェルトに文字や絵を描いたりして、ブックカバーや小物入れなど好きな物を作る家庭科の授業があった。

 

上手に作っている子の作品は見本に先生が高く掲げて紹介してくれる。私も頑張ろうと作業に集中していたら、うっかりフェルトを一枚落としてしまい、それを拾おうとした瞬間、手の甲にチクリと痛みが走った。近くで作業をしていた子がたまたま糸切狭を落としてしまい、それが私の手の甲に当たったのだ。

 

出血は少なく、痛くはなかった。鳥が嘴を開けているようなひし形の傷口を見た先生は「これは縫わないとダメかもね…」という。私がさっきまでフェルトを縫っていたように次は自分の手が縫われるのかと思うと恐ろしくて「バンドエイドで治るから!」と言って、家庭科室を飛び出す。

 

そこからクラス全員を巻き込んでの鬼ごっこが始まる。

 

傷口をもう片方の手で押さえて図書室やら理科室に逃げ込んでは、私を探すクラスメイトの呼び声におののいた。最後は音楽室で見つかり両脇を抱えられて連行されることになる。友人が一緒に病院について行くと言ってくれてなんとか勇気を出す。

 

病院には教頭先生の車で行く。教頭先生は友人を車に乗せてくれなかったため、結局私だけが病院に行くことになり「一緒に行くって言ってたのに!」と車に押し込まれながらも、見送る友人にぼやき続けて最後まで往生際が悪い。

 

二針縫う。皮膚が引っ張られる感じは気持ち悪かったが、部分麻酔が効いていたから痛くない。その日はそのまま早退することになり教頭先生が家まで送ってくれる。思ったほど痛くなかったことと午後の授業が休めて一気に気分が良くなった。

 

夕方、糸切狭を落としたクラスメイトが両親と一緒に謝りに来る。私はもう痛くないからなんとも思っていなかったが、相手は傷が残ることを心配していた。玄関で母と何か話していたが、私は母が受け取った箱を奥に持って行くとさっそく中身をチェックして歓喜に震える。鼻からこめかみに向けて虫が這うようなむずむず感が出るバタークリームではなく、美味しそうな生クリームやチョコレートケーキが入っていたのだ。

 

普段そんなに話さない男子まで私を探してくれたこと、関心をもってもらうことの温かさが傷痕と一緒に残った。