ingakouryuu’s blog

心象スケッチ

あなたのお父さん

十年程前、役所からあなたのお父さんが危篤状態だから連絡をくださいという内容の手紙が来た。私は父の顔を知らないし話したこともない。何も思い出がない。あれがそうだろうなという記憶はある。

 

夜、ドアを叩いて出て来いと騒ぐ酔っ払いの男の人がときおり来ていた。ミコはずっと吠えている。私は恐る恐る玄関の様子を見に行く。ドアは一度も開けることはなかったが、男はドアにあった小窓を包丁の柄で何度も叩き、針金の入ったかなり分厚い小窓ではあったがとうとう亀裂が入り、いよいよ割れるのではないかと心配していたら近所の人が警察を呼んでくれて助かったことがある。当時、我が家には電話が無いから助けを呼ぶこともできず家の中で震えているだけだった。

 

カラマーゾフの兄弟』で「…子供らにとっては人でなしであり悪党であっても、やはり子供を作ったというだけの理由で、あくまでも父親でありつづけることを要求する…」父親というもの、または母親というものの神秘的な解釈について書かれていた一説を思い出す。

 

病気の知らないおじさんに会いに行き、娘として手でも握ることはできた。しかし私は役所に連絡を入れることをしなかった。

 

それっきり何も連絡は無い。